真田氏滅亡の後(2)
幕府再検地を酒井忠挙に命ず
大体「再検地」という仕事位厄介なものはない。
他人の領地へ入り、一枚一枚の畠を実側し、その格付をする。
検地の結果は現地民の了承するところでないと後日問題が起きる。
あまり苛酷に行い現地民の反感を買うと、協力を得られなくなる。といっていい加減の実側、格付をするとこれ又権威がなくなる。
地理のわからぬ他国にあって、しかも山かげにひそむ田畠の一つ一つを実測するなどは現地民の案内、協力を得ないととうてい不可能である。
百姓側にしてみると再検地を望みながら一方において従来の慣習によって認められている既得権を根こそぎくつがえさせられるのは決して好まない。ここに一つの矛盾がひそんでいる。本心ををいえば年貢が安くさえなればよいので、それ以上田畑の実面積などにはあまり触れてもらいたくないのである。
こういうむずかしい性格を持つ再検地の事業もそれに要する費用は任命された大名持ちである。幕府は唯任命するだけ、僅かばかりの助成金を与える程度だから誠に気軽だが、白羽の矢が立った大名こそ誠に迷惑至極の話といえる。
自分で費用を持ち、うまく処理出来てあたり前、仮りに現地の反感を買って失敗しようものならそれこそ自分自身の命取りともなる厄介な仕事である。
今回の沼田領再検地を一体誰に任命するか、いずれ関東近辺の諸大名は戦々競々としていたことだろうが、幕府は代官の上申にもとづき遂に厩橋(前橋)城主酒井河内守忠挙に台命を下すのであった。
幕府が酒井忠挙に再検地を命じる一幕にはある背景が考えられる。
それは四年前の事件である。
四代将軍家綱の継嗣問題で、時の大老酒井雅楽忠清と老中堀田正俊が真正面から衝突した。やがて綱吉が五代将軍となるや酒井は失脚し、堀田は重用されるにいたった。
再検地問題はその頃の話であるから堀田が酒井忠清の息子忠挙にこの困難な事業を押しつけたのは多分に報復的な意味がこめられていると見てもうなづけられよう。
・一六七九 延宝七年
将軍家綱、大老酒井
・一六八〇 延宝八年
将軍綱吉、酒井失脚
真田信直両国橋かけ替工事を請負う
・一六八一 延宝九年(天和元年)
松井市兵衛訴願、杉木茂左エ門訴願
真田信直失脚、代官統治
・一六八二 天和二年
沼田城取りこわし
再検地願い出る
茂左エ門処刑
再検地係を酒井にいい渡す
・一六八三 天和三年(貞享元年)
沼田領再検地はじまる
厩橋藩主酒井忠挙の奥方は伊賀守信直の奥方の妹であることは前に述べた。そんな関係も当然幕閣は承知のことである。
さて忠挙は命令を受けるや家老高須隼人正に着手を言い渡す。隼人正直ちに調査隊を編成し沼田へ出張することになった。
高須隼人正と沼田藩
話は昔にかえる。
河内守信政いまだ沼田藩主として権勢を振るっていた当時、その家臣に湯本図書という八百石取の侍がいた。図書には男子がなかったので、その妹の嫁いでいた厩橋藩主酒井公の家老高須織部貞顕の二子、五郎兵衛貞賢を養子として迎えた。
寛文五年(一六六五)春、図書は病の床に臥すようになったのでその跡目相続について養子貞賀を考え、それを当時の藩主伊賀守信直へ願い出たところ仲々許可を与えない。
そのうちとうとう図書は病没してしまったので寛文六年に祖父春斎が重ねて願い出たところ、許可どころか伊賀守は湯本家を取り潰してしまうのであった。
その理由として
・湯本家相続については思うところがあって許可しないでいるのに重ねて許しを願うとは不届千万、上をないがしろにするというものである。
・湯本家は沼田藩である事件を起した侍を助けたばかりでなく、その一人を遠く厩橋の高須家へかくまった。
・このようなわがままな湯本家は看過することはできない。今までは真田氏の重臣としてゆるしておいたが最早限度である。よって他の家臣のみせしめとしてこの度とり潰す。
という程度であった。伊賀守の本腹は、なんとか理由をつけて所有を没収することにあったのだろう。
当時藩財政は赤字続きの火の車であった。こうした苦しい状態にあって寛文検地によって農民の膏血をしぼった七万五千石の配分について家臣達の抗争が続いた。
こうしなければ真田氏は自滅してしまう。なんとか建直しをしなければと積極策を推進する。
鎌原縫殿 一派と民、百姓を塗炭の苦しみに陥入れて何の建直しぞ、この際は勤倹節約に如かずとする穏健策の
弥津宮内 一派と、両者しのぎをけずった。
結局は伊賀守の性格もあって前者の方がとり入れられ、弥津一派は次第に圧迫されて遂には粛清され、沼田藩は病むところもなき暴走状態に入るそして遂に天和元年沼田真田氏は改易となった。
膨張政策の善後策として再検地に乗り込んできた高須隼人正は、実は弥津の一派とみられ血祭りにあげられた湯本家とは深い親戚関係にある間柄だった。
とまれ、君命を受けて高須隼人正は総勢の人員を動員し沼田領再検地を実施するのである。
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